Taku の紹介

南伊豆の弓ヶ浜前でバーベキューコテージを経営。地元漁師。ファミリー貸切釣り船ツアー、カブトムシ・クワガタ採集ツアー、青の洞窟サップツアーなど自然体験遊びをガイド。1kg地金目鯛を丸ごと一匹使ったジキンメ五品コース提供。趣味はサップ、アウトリガーカヌー、サーフィン。好きなモノは、純米酒、鍋、司馬遼太郎。

弓ヶ浜はアウトリガーカヌーの聖地、mana(海の力)とkupuna(祖先)を感じる・・・

九州から弓ヶ浜までアウトリガーカヌーを漕いできたDuek 金子さん

九州から弓ヶ浜までアウトリガーカヌーを漕いできたDuekさんと海で出逢った。

 

弓ヶ浜前でコテージ経営していると時にさまざまな海の勇者たちに遭遇します。この15年でとくに印象深いのが「Duke Kaneko」さんとの出逢いでした。

彼と弓ヶ浜の海の上で遭遇したのが2011年10月22日でした。私は、同業者の友人に、取材カメラマンを乗っけて船を出してくれないかと頼まれ、漁船にアメリカ人の取材カメラマン2人を乗せ、弓ヶ浜沖でその人を待っていました。

す ると、青野川の河口からスルスルと1艇のカヌーが滑り出てきました。そしてあれよあれよという間に沖に出て行 きました。私はあわてて漁船15ノットで彼を追いましたがなかなか追いつきません。そのアウトリガーカヌーはまるでミズスマシのようにスルスルと 沖に向かって滑走して行きました。

ようやく追いついて漕ぎ手を見て ビックリ、なんと服を着ていないのです。「えええ?この時期に裸?」って感じでした。私の漁船に乗っていたビデオ撮影チームはアメリカ人だったのですが、この漕ぎ手と流 ちょうな 英語でしゃべっていたので、その身なり(裸)からして、てっきりハワイの原住民がやってきたんだと思っていました。

ところが、取材が終わって、スタッフ一同とランチをしていたらアウトリガーカヌーを漕いでいたあの裸のハワイ人がやってきて流ちょうな日本語でしゃべり始めたのです。

えっ?日系ハワイ人なの・・・10分後の自己紹介で始めて正真正銘の日本人であることが判明しました。

「私は九州からアウトリガーカヌーで漕いで来ました。そして、これまでいくつかのビーチ(寄港地)に上陸して、そこの場所を祭祀して来ました。祈り(チャント)を捧げています・・・」そんなようなお話を最初に聞きました。

そして葉山から八丈島までアウトリガーカヌーで島渡りしたことがある、というちょっと信じられないお話もそこで伺いました。

どう見てもハワイの原住民のような姿、アウトリガーカヌー、島渡り、祭祀している・・・いったいこの人何者?という興味がものすごく出てきたことを覚えています。

「海の化身」?「ポセイドン」?そんな言葉がふっと脳裏をかすめました。アウトリガーカヌーに貼ってあった「No Nuke」のステッカーが印象的でした。

 

南伊豆シーカヤックの伝道者塩島さんのアウトリガーカヌーの新艇進水式で。

南伊豆シーカヤックの伝道者塩島さんのアウトリガーカヌーの新艇進水式で。

 

そのDukeさんと2回目にお会いしたのが2012年11月14日でした。その日は南伊豆で30年以上シーカヤック指導している塩島さんが購入した新艇アウトリガーカヌー OC-1の進水式でした。

塩島さんは伊豆半島のシーカヤッカーの間ではその名を知らない人はいないくらい有名なシーカヤック指導者です。弓ヶ浜カヌースクールの代表として多くの人を育て、そしてグリーンパドルの製作者としても有名です。

塩島さんは、南伊豆沿岸の荒海を知り尽くしていて、圧巻は5マイル沖の神子元島まで100回以上シーカヤックで往復しています。私は半人前の漁師ですが漁船でも神子元まで行くのは簡単なことではありません。

天気を読み、風を読み、潮を読み、あらゆる海況情報を読み、南伊豆沿岸の荒海を知り尽くしていなければシーカヤックで神子元島往復はできません。南伊豆、そして伊豆半島ではカリスマ的存在です。

 

Duekさんと塩島さん、この二人の海のレジェンドが弓ヶ浜に一緒に立った時から何かが胎動した。

Duekさんと塩島さん、この二人の海のレジェンドが弓ヶ浜に一緒に立った。

 

Dukeさんはその塩島さんの新艇アウトリガーカヌー OC-1進水式の祭祀役として葉山からやってきていました。弓ヶ浜で儀式を行い、チャント(祝詞)を上げ、アウトリガーカヌーを海に浮かべて「お祓い」を行っていました。

進水式セレモニー後、Dukeさんと塩島さんが私の家にやってきて、雑談する機会がありました。

お二人とも海の化身みたいな人なので、とても興味深い「海」のお話を伺いました。いやーほんと目からウロコのお話ばかりでとても楽しく学びのあるミーティングとなりました。

特に、ミクロネシア、ハワイでのアウトリガーカヌー文化についてのお話が印象的でした。

ハワイでは6人乗りのアウトリガーカヌーには特別な意味があり、日本で言えば「御輿」に相当するとのこと。そして御輿が収納されている場所が「神 社」であるようにハワイでは6人乗りのアウトリガーカヌーが収納されている場所がコミュニティーの神社になっていること、だからハワイ人はアウトリガーカヌー をとても大事に取り扱い、保管などにもとても気を使う、そんなお話を伺いました。

 

南伊豆シーカヤックの伝道者塩島さんのアウトリガーカヌー OC-1の入水式(2012年11月14日)

チャント(祭祀)のあとアウトリガーカヌー OC-1の進水式

 

「アウトリガーカヌーがあって、そこが神社になって、人が集まってきて、カヌーのハラウが誕生します。ハワイ(原住民)ではアウトリガーカヌーが文化の原点となっているのです。」

「そして、この弓ヶ浜に初めて立ち寄ったとき、伊豆七島がはるか沖に見え、古代の海人やアウトリガーカヌーに乗った冒険者達がこの弓ヶ浜から出発して遠くポリネシアの島々を目指して「島渡り」していたことが映像として見えます。」

「古代の弓ヶ浜のビーチにはアウトリガーカヌーがいっぱい並んでいたに違いない、弓ヶ浜は冒険者達のスタート地点だったはずです。」

Dukeさんのそんな古代海人の話を聞きながら、弓ヶ浜が「One Piece 」のような古代カヌー冒険者達で賑わっている映像が、私にも浮かんできました。

太古の昔から、伊豆半島最南端のこの弓ヶ浜ビーチが島渡りVoyageアウトリガーカヌーのメッカだったとしたら・・・ちょっと考えただけでもぞくぞくするような海ロマンの物語でした。

2回目の会合では、Dukeさん、塩島さん、海のレジェンド2人に囲まれて、そんなアウトリガーカヌー談義を2時間ほど楽しみました。私の体の中に新しい血潮が芽生えてくるようなそんな昂揚がありました。

 

塩島さんの3人乗りアウトリガーカヌー OC-3"Talai"の新艇進水式(2013年3月2日)

弓ヶ浜で3人乗りアウトリガーカヌー”Talai”の新艇進水式で。

 

そして、Dukeさんと3回目にお会いしたのが塩島さんの3人乗りアウトリガーカヌー”Talai”の新艇入水式(2013年3月2日)でした。

この日は、Dukeさんが葉山で主宰している「Oceanアウトリガーカヌークラブ」のメンバー30人が弓ヶ浜まで祝福に駆けつけてくれてとても賑やかで華麗なセレモニーとなりました。

 

アウトリガーカヌー OC-3"Talai"を囲んで輪になる

アウトリガーカヌー OC-3″Talai”を囲んで輪になる

 

この日以降、葉山Oceanアウトリガーカヌークラブのみなさんが弓ヶ浜で泊まりがけのアウトリガーカヌー合宿をやっているのを見かけることが多くなりました。

時には、6人乗りのアウトリガーカヌーOC-6で葉山-弓ヶ浜往復の長距離練習Voyageもやっていました。車で移動しても疲れる距離を人力パドルだけで漕ぐなんて私のような軟弱人間には想像もできませんでした。

 

チャントが終わって"Talai"の進水式

チャントが終わって”Talai”の進水式

 

そして、Oceanアウトリガーカヌークラブの一員である「Kenny  Kaneko」さんは、Dukeさんの息子さんですが、日本を代表するプロのパドラーです。

昨年の世界一のアウトリガーカヌー大会「Molokaʻi Hoe」で日本人歴代最高位の16位でした。また、全日本SUP選手権大会2014でも優勝して名実ともに最強のサップ日本チャンピオンになりました。

その実力は国内ではダントツだそうで、日本のサップ界では彼がしばらくチャンピオンの座に座り続けるのではないかと予想されているそうです。

まさに世界のアウトリガーカヌーの「親子鷹」です。

 

アウトリガーカヌーのレジェンド、Duek 金子さんが弓ヶ浜を訪れた

Duek さんご夫妻に6人乗りアウトリガーカヌーについてお話を聞いた

 

その後、Duke さん主宰の葉山Oceanアウトリガーカヌークラブの合宿や、Kenny  Kaneko選手の強化合宿が弓ヶ浜で開催されることが多くなり、頻繁にビーチで、海の上で見かけることが多くなりました。

2014年末の忘年会合宿には、私が主宰する南伊豆ウクレレボーイズの演奏を泊まり先の民宿の宴会場でライブさせていただいたこともあり、葉山と南伊豆との親交が深まっていきました。

そして、2015年3月19日、Duek さんご夫妻が自宅を訪ねてきてくれたので再び熱い「海の文化」のお話を伺うことができました。

「なぜ私たちが弓ヶ浜で合宿するのか、アウトリガーカヌーやサップを練習するならハワイに行けば良いのですが、でもここの弓ヶ浜の海はハワイの海とそんなに違いが無いのです、同じくらいmana(海の力)があるのです、kupuna(祖先)を感じるのです、ハワイに行く必要ないんです、弓ヶ浜で、南伊豆で練習すればいいんです」

「6人乗りのアウトリガーカヌーがビーチにやってくる、原住民たちが彼らを歓待する、音楽や踊りを披露する、それがhulaの原点なんです」

「カヌー(VA’A ヴァー)を中心に囲むようにハラウ(共同体、コミュニティー)ができる。アウトリガーカヌーとはただのマリンスポーツの一つでは無いのです、ハラウの精神の象徴なんです、御輿なんです。」

「長男のケニーは競技の分野で世界を目指しています、でも彼にはこのハラウという軸があります、それを知りながら競技スポーツに邁進しています、どこに軸を置いてアウトリガーカヌーを指導していくのか?クラブを運営していくのいか?それがとても重要です」

「6人乗りのアウトリガーカヌーって、力のあるマッチョのチームだから速く漕げるわけではないのです、力よりもハーモニーとかシェアできるチームの方が速いのです。そういうことを教えたいのです」

「私たちは海に漕ぎ出るとき必ず祝詞を上げます、クラブはお布施で運営されています、葉山Oceanアウトリガーカヌークラブはハラウなんです、そういうものをここ弓ヶ浜にも創りたい、だから6人乗アウトリガーカヌーを置く場所を、ハラウの拠点となる場所を探しています。」

2時間くらいしゃべったでしょうか、南伊豆町そして弓ヶ浜の町おこし活動をしている私にとっては目が覚めるお話ばかりでした。

私はDuke さんご夫妻のこのお話の中に21世紀の南伊豆町や弓ヶ浜を考えるときのヒントがたくさんあると思いました。

21世紀の弓ヶ浜の役割、存在意義、そしてそれを踏襲した地域事業ができないものか?

今後もDuke さんご夫妻とそのハラウのみなさんと一緒になって考えて行きたいと思っています。

弓ヶ浜はアウトリガーカヌーの聖地です・・・

それを私なりにこれから温めていきたいと思っています。

素敵な海の男たちとの出逢いでした。

壮大なスケールの古代アウトリガーカヌーのルネッサンス・・・ワクワク、ドキドキ、これからの南伊豆町が楽しみです!

Aloha!

 

 

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